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2009.08.12
生きる術
ストリートパレードの翌日は友人の家族とともに過ごしました。ドイツ人の彼は数年前にスイスに転勤になったことを機に、そこに家を買い、現地の企業に転職し、もうここに永住するつもりのようです。奥さんはドイツで知り合ったアフリカの女性。彼女との間には4歳、2歳、そしてまだ生後1か月の子どもがいます。チューリヒ近郊に建てた家は3階建+地下1階の一軒屋。2人の子供はもうそれぞれ自分の部屋で寝ていて、3つめの子供部屋もあります。地下1階は子供用の遊び場所。芝生の庭にも、トランポリンや滑り台があり、子供にとっては素晴らしい環境です。友人は堅実と計画によって今の環境を作っているので尊敬します。
全員揃って家の周辺をよく散歩に行くそうで、この日は私も付き添いました。わずか30分程度のゆっくりした散歩なのに、行く道には猫、犬、うさぎ、ヤギなどの動物がいて、牛も放牧されています。私も針金一本横に張られただけの境界越しにこんなに近くにこんなにたくさんの牛を見るのは初めてでした。子牛がおっぱいを飲んでいたり、とても愛らしい光景にもで会えました。友人は、「こういうちょっと田舎で、泥や土と近い生活を通じて子供はたくましく育つと思う」と。田舎といったって家はチューリッヒの中心から電車で30分。駅からはチューリッヒ湖が見え、街と自然がこんなに近い環境は本当に羨ましい限りです。
しつけには厳しい家ですが、遊ばせる時はこちらがちょっとハラハラしてしまうくらい自由に走り回らせます。本当の危険や他人に迷惑がかかる場合は止めるものの、それ以外は、「自分でやろうと決めたことだから」と見守っています。子供は多少の怖い思いや傷を作ったりして戻ってくるのですが、確かにこういう自分の経験を通して何が危ないことなのかを覚えていき、自分自身の限度やでやっても大丈夫なこととそうでないことの判断をつけられるようになっていくのかな、とも思います。
4歳の長男はこの8月から幼稚園に通い始めます。幼稚園は子供の足で歩いて15分程度だそうですが、先生からは、「親の同伴なしで子供だけで登園させるようにしてください」と指示が出ているそうです。周囲の安全さも再認識しますが、こんなに早くから自立を促すというのにはとても驚きました。
親は結局のところ子供が死ぬまでその面倒を見てあげることはできないし、世の中にある全ての素晴らしいこと・ものを見せてあげることもできない。そうであれば、自分なしでも我が子がたくましく生き抜いていける術、自分でおもしろいことを見つけていく術を早いうちから教えてあげることが本当の愛情ではないかなと改めて思いました。動物の世界では至極当たり前のこのことが、最近の日本では忘れられてはいないかな、と気になります。
私は小さい頃はスポーツは得意でも好きでもない方でしたが、自転車や水泳、スキー、スケートなど泣きながらも一通り身につけさせてもらうことができました。よくハイキングなどにも連れて行ってもらい、反抗期だろうが受験前だろうが無理矢理引っ張られて家族で国内外をたくさん旅行しました。その後も留学や海外旅行を思い立っては出かけ、おそらく送りだす方は本人以上に心配が大きかったかもしれないと思いますが、本人の意志を尊重してくれたことには本当に感謝です。おかげで、今は旅行で新しい街に着いたらまず何をすべきかわかるし、危険な雰囲気も察知できるし、トラブルに巻き込まれた時の初動もおおよそ分かります。タイやチュニジアやイタリアの海で遊ぶことができるし、パリで自転車にも乗れるし、シャモニーでスキーも楽しめます。私もいつか子供を持つことができたら、将来友達と一緒に出かけるのに困らないくらいの遊びやスポーツを経験させてあげたいなと思います。
ヨーロッパ最後の週末は、愛情たっぷりの家族に触れて、とても温かい気持ちになりました。
全員揃って家の周辺をよく散歩に行くそうで、この日は私も付き添いました。わずか30分程度のゆっくりした散歩なのに、行く道には猫、犬、うさぎ、ヤギなどの動物がいて、牛も放牧されています。私も針金一本横に張られただけの境界越しにこんなに近くにこんなにたくさんの牛を見るのは初めてでした。子牛がおっぱいを飲んでいたり、とても愛らしい光景にもで会えました。友人は、「こういうちょっと田舎で、泥や土と近い生活を通じて子供はたくましく育つと思う」と。田舎といったって家はチューリッヒの中心から電車で30分。駅からはチューリッヒ湖が見え、街と自然がこんなに近い環境は本当に羨ましい限りです。
しつけには厳しい家ですが、遊ばせる時はこちらがちょっとハラハラしてしまうくらい自由に走り回らせます。本当の危険や他人に迷惑がかかる場合は止めるものの、それ以外は、「自分でやろうと決めたことだから」と見守っています。子供は多少の怖い思いや傷を作ったりして戻ってくるのですが、確かにこういう自分の経験を通して何が危ないことなのかを覚えていき、自分自身の限度やでやっても大丈夫なこととそうでないことの判断をつけられるようになっていくのかな、とも思います。
4歳の長男はこの8月から幼稚園に通い始めます。幼稚園は子供の足で歩いて15分程度だそうですが、先生からは、「親の同伴なしで子供だけで登園させるようにしてください」と指示が出ているそうです。周囲の安全さも再認識しますが、こんなに早くから自立を促すというのにはとても驚きました。
親は結局のところ子供が死ぬまでその面倒を見てあげることはできないし、世の中にある全ての素晴らしいこと・ものを見せてあげることもできない。そうであれば、自分なしでも我が子がたくましく生き抜いていける術、自分でおもしろいことを見つけていく術を早いうちから教えてあげることが本当の愛情ではないかなと改めて思いました。動物の世界では至極当たり前のこのことが、最近の日本では忘れられてはいないかな、と気になります。
私は小さい頃はスポーツは得意でも好きでもない方でしたが、自転車や水泳、スキー、スケートなど泣きながらも一通り身につけさせてもらうことができました。よくハイキングなどにも連れて行ってもらい、反抗期だろうが受験前だろうが無理矢理引っ張られて家族で国内外をたくさん旅行しました。その後も留学や海外旅行を思い立っては出かけ、おそらく送りだす方は本人以上に心配が大きかったかもしれないと思いますが、本人の意志を尊重してくれたことには本当に感謝です。おかげで、今は旅行で新しい街に着いたらまず何をすべきかわかるし、危険な雰囲気も察知できるし、トラブルに巻き込まれた時の初動もおおよそ分かります。タイやチュニジアやイタリアの海で遊ぶことができるし、パリで自転車にも乗れるし、シャモニーでスキーも楽しめます。私もいつか子供を持つことができたら、将来友達と一緒に出かけるのに困らないくらいの遊びやスポーツを経験させてあげたいなと思います。
ヨーロッパ最後の週末は、愛情たっぷりの家族に触れて、とても温かい気持ちになりました。
2009.08.09
Street Parade -Zurich
今週末はスイス・チューリッヒに住んでいる旧友を訪ねています。そして、たまたまこの土曜日がチューリッヒのStreet Paradeの日であったため、INSEADの同期と再会して一緒に行ってきました。
Street Paradeは、かつてドイツのベルリンで開かれていたテクノ・パーティLove Paradeのスイス版。スイスで最も大きいイベントで、今年は18年目。昨年は800,000も動員したそうです。チューリッヒの街の中心を、Love Mobileと呼ばれるトラックがパレードします。Love MobileにはDJとダンサーと音響が乗っていて、各mobileごとにテーマを決めてドレスアップしています。観客は、自分たちのところにLovemobileが来て止まるとその音楽に合わせて一緒に踊り、もっとその音楽で踊りたいときには、Lovemobileの後ろにくっついて一緒にパレードしていきます。こんなイベントがあるとは知らず、Love Paradeは10年前に行ったきり、もう二度とああいうパーティには遭遇できないだろうと思っていたのに、嬉しい驚きでした。雨が降ってしまったのが何とも残念。
ベルリンでは、確か市民からの苦情などが一因となってもはや開催していないはずですが、世界で最も安全な国の一つであるスイス、そしてベルリンよりもずっと保守的で大人しいチューリッヒでこのイベントが根付いているのが不思議です。参加者もティーンエイジャーから60歳超と思われる白髪の人まで(彼らのファッションのCrazy度合いも若者に全く負けてない)。上半身裸で踊っている人たちの横で、家族連れで様子を見に来ていたり、パレードが通る大通りに面している老舗っぽい高級カフェの中には、身なりのいい老夫婦がいたかと思えば隣には奇抜なファッションの人たちが休憩していたり。警察と救急隊員も総出。でも警察官も見回りをしながら、時々音楽を楽しんでいるような表情を見せたりします。けが人はチューリッヒ湖の上をモーターボートで運ばれていました(道は混んでいるので水の上の方が速い)。スイスではマリファナも含めドラッグは違法ですが(売買・所持・使用のどれが違法か細かいところは忘れました)、友人によれば、こういうパレードのときには、異物の混入した安物ドラッグが出回り、これによる被害の方が本物のドラッグよりもよっぽど恐ろしいので、所持しているドラッグが本物のドラッグであるかどうかを検査してくれる公的なサービスがあるそうです。少なくともそこに持ち込んで逮捕されることはない模様。また以前には、マリファナを合法とすべきかどうか、ということについて国民投票がなされたそうです。60% vs 40%で従来通り合法化しないことになったそうですが、国民投票がなされる、つまり、ダメに決まっているというスタンスではなくて、国民はどう思っているのかきいてみよう、なぜダメなのか議論してみようという姿勢には感嘆しました。
絶対に日本では見られないような光景と市民の姿勢をみて、ヨーロッパの現実に向き合う姿勢と懐の深さを改めて見せつけられました。
偶然にも時同じくして日本では、のりピーの逮捕劇が大変な話題になっているようで、確かに覚醒剤は確かに人体に害もあり、違法であるべきだと思いますが、ライブドアの一件あるいは、それ以上に、まるで世紀の大犯罪を扱うかのような過度な報道が目に浮かぶようで、世間ももっと冷静な反応でよいのではないかと思わざるを得ません。加えて、世界では、彼女の覚醒剤使用歴よりももっと重大な出来事がたくさん起きているのであって、メディアもバランス感覚を持って、ただでさえ孤立し偏っている日本の情報をもっと豊かにしてもらいたいと思います。
Street Parade 2009 Official website http://www.streetparade.ch/09/en/2009.php
Street Paradeは、かつてドイツのベルリンで開かれていたテクノ・パーティLove Paradeのスイス版。スイスで最も大きいイベントで、今年は18年目。昨年は800,000も動員したそうです。チューリッヒの街の中心を、Love Mobileと呼ばれるトラックがパレードします。Love MobileにはDJとダンサーと音響が乗っていて、各mobileごとにテーマを決めてドレスアップしています。観客は、自分たちのところにLovemobileが来て止まるとその音楽に合わせて一緒に踊り、もっとその音楽で踊りたいときには、Lovemobileの後ろにくっついて一緒にパレードしていきます。こんなイベントがあるとは知らず、Love Paradeは10年前に行ったきり、もう二度とああいうパーティには遭遇できないだろうと思っていたのに、嬉しい驚きでした。雨が降ってしまったのが何とも残念。
ベルリンでは、確か市民からの苦情などが一因となってもはや開催していないはずですが、世界で最も安全な国の一つであるスイス、そしてベルリンよりもずっと保守的で大人しいチューリッヒでこのイベントが根付いているのが不思議です。参加者もティーンエイジャーから60歳超と思われる白髪の人まで(彼らのファッションのCrazy度合いも若者に全く負けてない)。上半身裸で踊っている人たちの横で、家族連れで様子を見に来ていたり、パレードが通る大通りに面している老舗っぽい高級カフェの中には、身なりのいい老夫婦がいたかと思えば隣には奇抜なファッションの人たちが休憩していたり。警察と救急隊員も総出。でも警察官も見回りをしながら、時々音楽を楽しんでいるような表情を見せたりします。けが人はチューリッヒ湖の上をモーターボートで運ばれていました(道は混んでいるので水の上の方が速い)。スイスではマリファナも含めドラッグは違法ですが(売買・所持・使用のどれが違法か細かいところは忘れました)、友人によれば、こういうパレードのときには、異物の混入した安物ドラッグが出回り、これによる被害の方が本物のドラッグよりもよっぽど恐ろしいので、所持しているドラッグが本物のドラッグであるかどうかを検査してくれる公的なサービスがあるそうです。少なくともそこに持ち込んで逮捕されることはない模様。また以前には、マリファナを合法とすべきかどうか、ということについて国民投票がなされたそうです。60% vs 40%で従来通り合法化しないことになったそうですが、国民投票がなされる、つまり、ダメに決まっているというスタンスではなくて、国民はどう思っているのかきいてみよう、なぜダメなのか議論してみようという姿勢には感嘆しました。
絶対に日本では見られないような光景と市民の姿勢をみて、ヨーロッパの現実に向き合う姿勢と懐の深さを改めて見せつけられました。
偶然にも時同じくして日本では、のりピーの逮捕劇が大変な話題になっているようで、確かに覚醒剤は確かに人体に害もあり、違法であるべきだと思いますが、ライブドアの一件あるいは、それ以上に、まるで世紀の大犯罪を扱うかのような過度な報道が目に浮かぶようで、世間ももっと冷静な反応でよいのではないかと思わざるを得ません。加えて、世界では、彼女の覚醒剤使用歴よりももっと重大な出来事がたくさん起きているのであって、メディアもバランス感覚を持って、ただでさえ孤立し偏っている日本の情報をもっと豊かにしてもらいたいと思います。
Street Parade 2009 Official website http://www.streetparade.ch/09/en/2009.php
2009.08.03
Goal
ビジネススクールの出願においては、どの学校も表現は違えど、必ず貴方のShort term goalは何ですか、Long term goalは何ですか、というエッセイが求められます。出願の準備をするまでは、そんな問題を真面目に考えたことがなく、突然そんなこと聞かれても困る、自分でもわからないよ、とうんうん悩んだのですが、Goalを設定するって誰の人生においてもとても大事なことで、ビジネススクールの出願はたまたまそれを考えるきっかけを与えてくれたんだな、と思います。
Goalという英語からは何か終点のような、究極的なものを連想してしまいますが、私自身は「目標」くらいのものでいいのではないかと解釈しています。タイムスパンや内容は人によって様々だと思います。
全く勝手な発想ですが、目標を設定する一番の意義は現地点から動き出すきっかけになることではないかと思います。ハイキングや航海を例に例えると、あそこに見える山の頂上に行ってみよう、この川の始点まで行ってみよう、あの島まで行ってみよう、といった何らかの目的地を思いつくからこそ、計画を立てて支度をして出発する気にもなり、多少のきつい行程も乗り越えていけるというもので、目指すものがなければ出発する意欲も湧いてこないし、出発したところでその進みはおそらくとても遅くて、すぐに飽きてしまうか、あるいは、何のために歩いているんだっけ、何のために海に出たんだっけ、とふと立ち止まった瞬間にはきっともう空しくなって動きたくなくなってしまうのではないかと。
結果、その目的地に到達できなかったとしても、全く違う場所に行き着くことになっても、目標を設定したことの価値は失われないと思います。そこに至るまでの準備と道のりの中で、ただじっと留まっているだけでは得られない経験を得ているはずです。またそこから計画を練り直して本来の目的地を再度目指すもよし、本来の目的地よりも魅力的なものを見つけたなら暫くそこに留まるもよし。もうこの旅は無理だと身をもって感じる、というのも一つの大きな収穫で、あきらめ・見切りがつくことで、それまでは分散されていたエネルギーを、新たな道に迷いなく向けることができるようになると思います。
なお、経験上、仕事外の目標を達成するには、時間軸のある具体的な計画を立てておいたほうがよいと思います。社会人になってしまうと、プライベートの世界については誰もお尻を叩いてくれる人がいないので、自分で期限を切って、自分自身を崖っぷちに追い込まないと、あっという間に、目標を決めてから1年、2年と経ってしまいます。
ビジネススクールを卒業し、仕事の外で暫くの間目指していたことが一つ終わって、次は何をしようかな、と考えます。せっかくできたネットワークを生かして、学んだことを実践に繋げていけたらよいと思います。それから、全く新しいことをするなら、これまで勉強関連への投資が多かったので、趣味の世界に時間とお金を費やしてみるのも悪くないなとも思います。
Goalという英語からは何か終点のような、究極的なものを連想してしまいますが、私自身は「目標」くらいのものでいいのではないかと解釈しています。タイムスパンや内容は人によって様々だと思います。
全く勝手な発想ですが、目標を設定する一番の意義は現地点から動き出すきっかけになることではないかと思います。ハイキングや航海を例に例えると、あそこに見える山の頂上に行ってみよう、この川の始点まで行ってみよう、あの島まで行ってみよう、といった何らかの目的地を思いつくからこそ、計画を立てて支度をして出発する気にもなり、多少のきつい行程も乗り越えていけるというもので、目指すものがなければ出発する意欲も湧いてこないし、出発したところでその進みはおそらくとても遅くて、すぐに飽きてしまうか、あるいは、何のために歩いているんだっけ、何のために海に出たんだっけ、とふと立ち止まった瞬間にはきっともう空しくなって動きたくなくなってしまうのではないかと。
結果、その目的地に到達できなかったとしても、全く違う場所に行き着くことになっても、目標を設定したことの価値は失われないと思います。そこに至るまでの準備と道のりの中で、ただじっと留まっているだけでは得られない経験を得ているはずです。またそこから計画を練り直して本来の目的地を再度目指すもよし、本来の目的地よりも魅力的なものを見つけたなら暫くそこに留まるもよし。もうこの旅は無理だと身をもって感じる、というのも一つの大きな収穫で、あきらめ・見切りがつくことで、それまでは分散されていたエネルギーを、新たな道に迷いなく向けることができるようになると思います。
なお、経験上、仕事外の目標を達成するには、時間軸のある具体的な計画を立てておいたほうがよいと思います。社会人になってしまうと、プライベートの世界については誰もお尻を叩いてくれる人がいないので、自分で期限を切って、自分自身を崖っぷちに追い込まないと、あっという間に、目標を決めてから1年、2年と経ってしまいます。
ビジネススクールを卒業し、仕事の外で暫くの間目指していたことが一つ終わって、次は何をしようかな、と考えます。せっかくできたネットワークを生かして、学んだことを実践に繋げていけたらよいと思います。それから、全く新しいことをするなら、これまで勉強関連への投資が多かったので、趣味の世界に時間とお金を費やしてみるのも悪くないなとも思います。
2009.07.31
Take it personally
日本語にどう訳すのかわかりませんが、INSEADに来て覚えた表現の一つです。例えば何かをお願いしても何かの事情で応じてもらえなかったり、何かに合意してもらえなかったりするときに、Please don’t take it personally.と付け加えられたら、個人的感情でそうしているのではない、個人的に攻撃するつもりでそうしているのではない、だから誤解しないでね、というようなニュアンスになります。私が体験した例の一つは、教授とのアポイントがなかなか取れなかったとき、調整してくれていた秘書の人から教授は忙しいだけなので、You should not take it personally.と言われました。
自分の考え、行動、依頼を反対されたり、否定されたり、拒絶されたりすることは誰にとっても嫌なことで、そのうち、拒絶・否定されることを恐れて他人に問いかけることをしなくなってしまう、ということ、少なからずの人に覚えがあるのではないでしょうか。また、自分が何かをお願いされた時にも断ったら人間関係にヒビが入るだろうか、といった不安が入ってNoと言い切れなかったり、という例もあると思います。
私は、Personallyに取らない、という考え方を覚えてからは、他人に相談事をするのがだいぶ楽になりました。また、相手から期待していた反応が得られなかったときに受けるショックも小さくなり、立ち直りも早くなったような気がします。相手は、彼らの事情・情報・考え方に基づいて判断や意見をくれているだけです。単に気分が悪かっただけということだってあります。断った本人にとっては、その場の状況に応じてとった判断の一つなので、断ったこと自体を忘れていることだってあります。断られたことを根に持ってずっといじけていたり、私のことが嫌いなのかしら、と心配ばかりしていても時間の無駄。また、自分がお願いされる立場、誘われる立場になったときも、それによって友人関係を壊す意図はないことが伝われば、潔い判断が可能です。相手だって、暫く答えを留保されて最後になってからNOと言われても困るだけ、不本意なのに同意してもらっても後のトラブルのもとです。
親しい仲でも言わなくてはいけなことは伝える、仕事上の判断と人間関係を分けて考える、こういう割り切りは、公私それぞれの場でよりストレートで誤解のないコミュニケーションに繋がるような気がします。
自分の考え、行動、依頼を反対されたり、否定されたり、拒絶されたりすることは誰にとっても嫌なことで、そのうち、拒絶・否定されることを恐れて他人に問いかけることをしなくなってしまう、ということ、少なからずの人に覚えがあるのではないでしょうか。また、自分が何かをお願いされた時にも断ったら人間関係にヒビが入るだろうか、といった不安が入ってNoと言い切れなかったり、という例もあると思います。
私は、Personallyに取らない、という考え方を覚えてからは、他人に相談事をするのがだいぶ楽になりました。また、相手から期待していた反応が得られなかったときに受けるショックも小さくなり、立ち直りも早くなったような気がします。相手は、彼らの事情・情報・考え方に基づいて判断や意見をくれているだけです。単に気分が悪かっただけということだってあります。断った本人にとっては、その場の状況に応じてとった判断の一つなので、断ったこと自体を忘れていることだってあります。断られたことを根に持ってずっといじけていたり、私のことが嫌いなのかしら、と心配ばかりしていても時間の無駄。また、自分がお願いされる立場、誘われる立場になったときも、それによって友人関係を壊す意図はないことが伝われば、潔い判断が可能です。相手だって、暫く答えを留保されて最後になってからNOと言われても困るだけ、不本意なのに同意してもらっても後のトラブルのもとです。
親しい仲でも言わなくてはいけなことは伝える、仕事上の判断と人間関係を分けて考える、こういう割り切りは、公私それぞれの場でよりストレートで誤解のないコミュニケーションに繋がるような気がします。
2009.07.26
Vélib'
ジャズフェスティバルでフローラル公園に一人置いていかれた私(ひとつ下の記事参照)、この機会にフランスにいる間にもう一つやってみたかったこと―Vélib'体験をすることにしました。
vélo libre、英語にするとfree bycicle。
パリ市内の自転車プールシステムです。
友人によれば、スペインのビジネススクールIESEの学生たちが発案し、バルセロナで取り組まれたことが始まりだという(注:正誤未確認)このシステムは、パリでは2007年から運用されており、今ではパリ中でこの自転車を目にします。
町のいたるところにある専用の自転車置場から自転車を一台とり、乗り終わったら市内のどこかの自転車置場に返却します。観光客もクレジットカードがあれば利用できます。料金は、最初の30分は無料、そのあとから課金されます(その他、150ユーロの保証金があり、自転車を返却しないとクレジットカードから差し引かれます)。
私は公園から少しバスで市内中心に近づき、自転車置場を見つけたところで降り、そこから友達の家を目指しました。アムステルダムやコペンハーゲンなどとは到底かないませんが、パリもところどころ自転車道が整備されています。自転車道がない場合は、自転車は基本的に車道を走ります。右折・左折の要領もよくわからなかったので、できるだけ誰かの後ろについて走りました。メトロにはない景色、バスにはない爽快さ、徒歩にはない風、とても気持ちよかったです。バスティーユ広場のラウンドアバウトに自転車で進入し、車と一緒にぐるっと回ったときはさすがにどきどきしました。
友人の家に爽やかに到着したら、あのジャズを楽しんだこと、加えて自転車に乗って帰ってきたこと、どっちもびっくりされました。シャワーを浴びて皆で夕食へ。パリの夏は素敵です。


vélo libre、英語にするとfree bycicle。
パリ市内の自転車プールシステムです。
友人によれば、スペインのビジネススクールIESEの学生たちが発案し、バルセロナで取り組まれたことが始まりだという(注:正誤未確認)このシステムは、パリでは2007年から運用されており、今ではパリ中でこの自転車を目にします。
町のいたるところにある専用の自転車置場から自転車を一台とり、乗り終わったら市内のどこかの自転車置場に返却します。観光客もクレジットカードがあれば利用できます。料金は、最初の30分は無料、そのあとから課金されます(その他、150ユーロの保証金があり、自転車を返却しないとクレジットカードから差し引かれます)。
私は公園から少しバスで市内中心に近づき、自転車置場を見つけたところで降り、そこから友達の家を目指しました。アムステルダムやコペンハーゲンなどとは到底かないませんが、パリもところどころ自転車道が整備されています。自転車道がない場合は、自転車は基本的に車道を走ります。右折・左折の要領もよくわからなかったので、できるだけ誰かの後ろについて走りました。メトロにはない景色、バスにはない爽快さ、徒歩にはない風、とても気持ちよかったです。バスティーユ広場のラウンドアバウトに自転車で進入し、車と一緒にぐるっと回ったときはさすがにどきどきしました。
友人の家に爽やかに到着したら、あのジャズを楽しんだこと、加えて自転車に乗って帰ってきたこと、どっちもびっくりされました。シャワーを浴びて皆で夕食へ。パリの夏は素敵です。







